3月になると、今年も3月11日東日本大震災・原発事故の日が巡ってくる。
15年の月日が流れ、世の中も大きく様変わり、年寄りにはついていけないことが多くなってきた。
当時保育所にいた孫も今は大学生、50代だった自分も70代に入っている。
事故直後は、エネルギー政策が原子力発電から再生可能エネルギーへと転換され、原発廃炉、太陽光・風力発電等々へと急速にシフトしていったが、震災から10年以降は原発再稼働の動きが活発化し、現在では原発推進へと大きく政策転換がなされエネルギー基本計画にも原発推進が明示されている。
震災と原発事故が自然災害として同一視され、災害対策を万全にしていけば事故の再発は防げるという判断が一般化し、政策を推進した国の責任はすべての裁判で問われないままに終わっている。
「震災」と「原発事故」では災害の質が異なる。地震と津波による震災は自然災害であるが、原発事故は“人災”であるというところから議論を進めていくことが必要となる。
福島民友に3月1日から11日まで毎日連載で『震災15年』という特集記事が掲載された。
福島県内の15年間の変化と課題を11項目に整理し、毎日1項目ごとにまとめられており大変興味深い。
▽廃炉、▽避難区域、▽県外最終処分、▽農林水産業、▽商工業・観光、▽エフレイ・イノベ、▽教育、▽健康・医療、▽裁判・賠償、▽防災、▽復興・創成期間という内容でまとめられた大作である。廃炉・避難区域・県外最終処分では、原発事故がいまだに収束の道筋も描けないまま続いている実体をまとめている。
反面、農林水産業・商工業・観光・エフレイ・イノベなどの産業分野では、復興と新たな産業の可能性を強調する。教育・健康・医療・裁判・賠償では、被災地で生きる住民の現状を整理しながら、住民感情からはかけ離れた国の判断を裁判結果から整理されている。防災・復興・創成期間では、震災・原発事故からの教訓を未来に生かしていくための取り組みを、原発事故の終息しない現状を整理しながら、正念場を迎えた福島への国の支援の継続を求める形で終わっている。
災害は私たちの日常を一瞬のうちに奪い去る。失われる命、生き残る命、生活してきた日常を失った後の生活では、子どもから老人まで、新たな生きるための一人ひとりの戦いが始まる。社会的な環境は時間の経過の中で修復されていくが、一人ひとりが受けた心の傷は、時間の経過の中で変化しトラウマとなり、それからの人生に大きな影を落としていく。そこで発生する問題は、広い意味では福祉的な課題と重なる。しかし、自然災害と人災では、再発防止への対策がまったく異なる。人災は、人間の側に災害をもたらす原因があることから、人間によりその原因を取り除く努力が防災のための一番の対策となる。
原発事故からの教訓を、人の命を守り合える社会を目指すための教訓としていくことが、事故の中で不合理な死をとげた人々への一番の鎮魂となるのではないだろうか。


