元国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子さんが10月22日に92歳で亡くなられた。名前は昔から有名でも当然に個人的面識はない。ほぼ今年の2月に亡くなった母と同年齢である。親の世代の多くがこの世を去っていく。秋の叙勲が公表され多くの名前が並ぶ。一定の分野で功績を残し、社会的評価を受けたことについては賛辞を送りたいが、反面では引退へのはなむけのようにも思えて寂しいことでもある。
次世代に引き継がれて行くものと消えていくもの、その中で引き継がれて行く思いこそがその人が存在した真の意味=社会的評価となっていくものと思う。今回の叙勲を受けた「政治は芸術、行政は科学」を掲げて取り組んできたという元川崎市長を務めた阿部孝夫さんの言葉、なぜか気になる政治と行政の関係を表現した名言である。何を考え、どのように表現しようとするのか、作者の意図をどこまで理解できるのかで芸術作品への観る側の評価は決まる。そこには芸術を観る側としての質が問われる。政治にも、政治家を評価する国民の質が問われている。
緒方貞子さんへの追悼記事で、難民問題に関して「人間らしい思いやりの心がない」と難民受け入れに消極的な日本の対応を批判し「小切手外交」と苦言を呈しとされ、その理由が①「日本人は世界の実態を知らなすぎる」「無関心」②「日本人さえよければいい」「日本人は自分たちの安全・安心に固執しすぎる」③「日本人は損得勘定を考えすぎる」と書かれている。ノーベル平和賞を2度も受賞し、世界を飛び回り「『人間らしい心』を忘れるな」と実践し続けた緒方さんの思い、現実はその思いとは裏腹に内戦や紛争が絶えない。次世代を担う私たちは、その思いをしっかり引き継いで行かなければならないと思う。